2026年現在、山口組組長を務めているのは、六代目の司忍(つかさ・しのぶ)です。本名は篠田建市(しのだ・けんいち)。2005年に六代目を継承して以来、長期にわたって組織のトップに位置しています。ナンバー2にあたる若頭には、2025年4月に高山清司の後任として就任した竹内照明がいます。
一方、2026年の山口組をめぐる状況は、単純に「抗争が終わった」「組織が弱体化した」と説明できるものではありません。警察庁が公表した2025年末の統計では、山口組の構成員は約3,100人、準構成員等を含めた勢力は約6,300人です。また、2026年9月には池田組や絆會との特定抗争指定が解除される一方、神戸山口組との指定は延長されました。歴代組長の交代、司忍の経歴、竹内照明の役割、最新の組織動向を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2026年現在の六代目山口組組長は司忍で、若頭は竹内照明です。
- 要点2:警察庁の2025年末統計では、構成員約3,100人、準構成員等を含む勢力は約6,300人とされています。
- 要点3:池田組・絆會との特定抗争指定は2026年9月に解除されましたが、神戸山口組との指定は継続しています。
【山口組組長は現在誰?】六代目・司忍と竹内照明若頭の位置づけ
山口組の現在の組長は、六代目山口組を率いる司忍です。警察資料や2026年の報道でも、組長の交代を示す正式な発表はなく、司忍がトップを務める体制が続いています。
司忍の本名は篠田建市。名古屋を拠点とする弘田組に加入した後、弘道会を結成し、組織内で地位を高めました。2005年8月に六代目山口組組長へ就任し、山口組の歴代組長の中でも長期にわたる在任期間を持つ人物となっています。
現在の幹部体制を理解するうえで重要なのが、若頭の竹内照明です。若頭は組長を補佐し、組織運営の実務を担う中枢の役職として知られています。竹内は2025年4月、高山清司が相談役に移ったことに伴い、若頭に就任しました。
ただし、若頭に就任したことと、次期組長への就任が決まったことは同じではありません。2026年には竹内を次期組長候補とみる報道もありますが、七代目への継承が正式に決定したわけではありません。
したがって、「山口組組長は現在誰か」という問いへの答えは司忍であり、「竹内照明が七代目組長になった」という理解は、現時点の正式な人事と区別する必要があります。
【山口組歴代組長一覧】初代から六代目までの変遷
山口組は1915年に神戸で結成された暴力団組織です。歴代組長の交代は、組織の拡大だけでなく、内部の権力関係や分裂抗争の歴史とも深く結び付いています。
歴代組長の在任期間を整理すると、初代から二代目、三代目を経て、現在の六代目に至る流れが見えてきます。以下は、一般に知られる歴代組長と、組長不在期に代行を務めた人物をまとめたものです。
| 代 | 人物 | 在任期間 | 主な位置づけ |
|---|---|---|---|
| 初代 | 山口春吉 | 1915~1925年 | 山口組の創設者 |
| 二代目 | 山口登 | 1925~1942年 | 創設者の後を継いだ二代目 |
| 三代目 | 田岡一雄 | 1946~1981年 | 組織の全国的な拡大を進めた人物 |
| 代行 | 山本廣 | 1982~1984年 | 三代目退任後の組長不在期に代行を務めた |
| 四代目 | 竹中正久 | 1984~1985年 | 就任後、対立抗争のさなかに殺害された |
| 代行 | 中西一男 | 1985~1989年 | 四代目の死後、組長代行を務めた |
| 五代目 | 渡辺芳則 | 1989~2005年 | 六代目への交代まで組織を率いた |
| 六代目 | 司忍 | 2005年~現在 | 2026年現在の組長 |
この年表で特に重要なのは、田岡一雄、竹中正久、渡辺芳則、司忍の4人です。それぞれ在任期間や組織運営の背景が異なり、山口組の歴史を理解するうえで欠かせない存在となっています。
三代目・田岡一雄:組織拡大の時代
田岡一雄は1946年に三代目組長に就任し、1981年まで長期間にわたって組織を率いました。山口組が全国規模の勢力へと拡大した時期を象徴する人物です。
港湾関連の仕事や興行などとの関係を背景に勢力を伸ばし、山口組の組織基盤を大きく拡張しました。一方、この時代の拡大を単に組織の成功として捉えるのは適切ではありません。暴力団の活動が社会や地域に及ぼした影響、犯罪や抗争の歴史も併せて見る必要があります。
四代目・竹中正久:就任と山一抗争
竹中正久は1984年に四代目組長へ就任しました。しかし、後継者選びをめぐる対立から一和会が結成され、山口組と一和会の間で「山一抗争」と呼ばれる激しい抗争が発生します。
竹中は1985年に殺害され、後継体制の確立は難航しました。1989年に渡辺芳則が五代目を継承するまでの経緯は、組長交代が単なる人事ではなく、組織内部の対立や勢力関係に左右されることを示しています。
五代目・渡辺芳則から六代目・司忍へ
渡辺芳則は1989年に五代目組長となり、2005年まで組織を率いました。同年、司忍が六代目を継承し、山口組のトップが交代します。
この代替わりでは、名古屋を基盤とする弘道会出身者が組織の中枢を担うようになりました。その後の組織運営や幹部人事を理解するには、司忍と弘道会の関係、そして若頭を長く務めた高山清司の役割を押さえることが重要です。
【司忍の経歴】篠田建市が六代目組長になるまで
司忍は1942年生まれで、本名は篠田建市です。2026年時点では84歳となります。名古屋を拠点とした組織で経験を積み、弘道会の結成とその後の昇進を通じて、山口組の中枢へ進みました。
弘田組への加入と弘道会の結成
司忍の経歴を語る際に欠かせないのが、弘田組と弘道会です。報道資料によると、司は1960年代に名古屋の弘田組に加入し、その後、1984年に弘道会を結成しました。
弘道会は、司が山口組の上層部へ進出する際の重要な基盤となりました。1989年には五代目山口組の若頭補佐に就任するなど、組織内で地位を高めていきます。
2005年の六代目継承とその後
2005年、渡辺芳則の引退を受けて司忍が六代目組長に就任しました。ただし、就任直後から自由に組織運営を行えたわけではありません。過去の拳銃事件に関連する銃刀法違反事件で実刑判決が確定し、同年末に収監されています。2011年に出所しました。
この時期には、若頭だった高山清司が組織運営の実務を担う立場として注目されました。司忍と高山清司を中心とする体制は、六代目山口組の組織運営を理解するうえで重要な要素です。
一方、2015年8月末には山口組が分裂し、離脱した勢力が神戸山口組を結成しました。分裂後は対立抗争が激化し、警察による規制や取締りも強化されます。司忍の長期政権は、組織内の人事だけでなく、こうした対立と規制の中で続いてきました。
【竹内照明若頭の役割】2025年の交代と2026年の組織動向
竹内照明が若頭に就任したのは2025年4月です。神戸新聞NEXTは同月18日、高山清司が新設された相談役に就任し、後任の若頭に竹内が就いたと報じました。高山は2005年から約20年にわたり若頭を務めており、この交代は六代目山口組の幹部体制における大きな節目となりました。
若頭は組長と何が違うのか
組長は組織のトップであり、若頭はその下で組織運営を担う中枢の役職です。竹内が若頭に就任したことで、司忍の体制を維持しながら、実務を担う幹部の顔ぶれが変わりました。
ただし、若頭が組長の後継者になるという制度上の自動的な決まりがあるわけではありません。後継候補をめぐる報道はありますが、七代目への交代を既定路線として扱うことはできません。
2026年に報じられた組織運営の変化
警察庁の「令和7年における組織犯罪の情勢」によると、六代目山口組は2025年、若頭や本部長、若頭補佐などへの昇格人事を行い、組織の活性化を図りました。また、特定抗争指定に伴う規制を受け、警戒区域外で執行部会やブロック会議を開催していました。
2026年の動きでは、FRIDAYデジタルが7月22日付の記事で、7月3日に愛知県豊橋市にある山口組系の平井一家の本部を住吉会の最高幹部が訪れ、司忍が出迎えたと報じています。同記事は、山口組と他団体との関係づくりや交流の動きとして伝えました。
このような報道からは、山口組が対立関係だけでなく、他団体との関係維持や内部人事にも力を入れている様子がうかがえます。ただし、他団体との会合があったことだけで、組織の統合や抗争の全面終結を意味するわけではありません。
2026年の山口組を理解する際は、司忍が組長を続けていること、竹内照明が若頭として組織運営に関わっていること、そして後継人事をめぐる観測報道を、事実と見通しに分けて把握することが大切です。
【特定抗争指定暴力団とは】2026年の指定状況と解除の範囲
六代目山口組をめぐる最新動向で、特に重要なのが「特定抗争指定暴力団等」の制度です。これは、暴力団対策法に基づき、対立抗争が激化して市民生活に危険を及ぼすおそれがある団体を指定し、警戒区域内での活動を厳しく制限する仕組みです。
特定抗争指定で制限される行為
警戒区域内では、指定された組織の事務所の使用や新設、対立組織の構成員へのつきまとい、相手側の居宅や事務所付近をうろつく行為、おおむね5人以上で集まることなどが禁止されます。制限の対象や区域は指定の内容によって定められます。
この制度は、暴力団そのものを一律に解散させる制度ではありません。抗争に関連する活動を制限し、地域住民への危険を抑えるための規制です。
2025年4月の抗争終結宣誓書と2026年の動き
山口組は2025年4月、兵庫県警に対して抗争終結の宣誓書を提出しました。しかし、この提出によってすべての対立が法的・行政的に解消されたわけではありません。
2026年9月の神戸新聞NEXTの報道によると、山口組と池田組の特定抗争指定は9月7日に期限を迎え、8日に解除されました。また、山口組と絆會についても、9月20日の期限を延長しないことが決まり、9月21日に指定が解除されました。いずれも、一定期間に抗争とみられる事件が発生していなかったことなどが判断材料となりました。
一方、山口組と神戸山口組の特定抗争指定は継続しています。兵庫県公安委員会は2026年9月17日、指定期限を3カ月延長し、2027年1月6日までとすることを決定しました。指定は2020年1月7日に始まり、今回で27回目の延長となります。
県警側は、両組織について対立抗争が終結したとは認められないとの判断を示しています。つまり、2026年の状況は「抗争が全面的に終結した」というよりも、一部の対立関係で指定解除が進む一方、神戸山口組との関係では規制が継続している状態です。
この違いは重要です。特定抗争指定の解除は、特定の組織間について行政上の規制を終了させる判断であり、山口組全体の活動が自由化されたことや、あらゆる対立が解消したことを意味するものではありません。
【山口組の構成員数は?】2025年末統計が示す組織の実態
山口組の規模を知るためには、構成員数と、準構成員等を含めた勢力を区別する必要があります。警察庁が2026年4月に公表した「令和7年における組織犯罪の情勢」では、2025年末の六代目山口組について、構成員約3,100人、準構成員等約3,200人、合計約6,300人とされています。
準構成員等とは、正式な構成員ではないものの、暴力団と関係を持ち、その威力を背景とした不法行為のおそれがある者や、組織の維持・運営に協力する者などを指します。そのため、約6,300人という数字を、全員が正式な組員であるかのように扱うのは正確ではありません。
同じ警察庁資料によると、2025年末の全国の暴力団構成員等の総数は約1万7,600人で、構成員が約9,400人、準構成員等が約8,200人でした。総数は2005年以降減少を続け、暴力団対策法が施行された1992年以降で最少となっています。
山口組の勢力も、長期的には縮小しています。それでも、2025年末時点で構成員数が約3,100人とされ、準構成員等を含む勢力が約6,300人に達していることから、全国の暴力団情勢の中で依然として大きな存在であることが分かります。
構成員数が減っても組織の影響力が消えるわけではない
構成員数の減少は、組織の規模を測る重要な指標です。しかし、それだけで組織の実態をすべて説明できるわけではありません。幹部人事、傘下組織の関係、他団体との関係、警察による規制、資金獲得活動への取締りなども、組織の動向を左右します。
警察庁の2025年の情勢報告では、山口組が人事を刷新し、警戒区域外で会合を開いていたことも記されています。構成員数の変化と、組織がどのように運営されているかを合わせて見ることで、単なる人数の増減以上の実態を理解できます。
また、山口組の勢力が大きいことと、一般市民にとって安全な組織であることは全く別の問題です。抗争や犯罪への対応、暴力団排除活動、地域社会への影響という観点を欠かさずに見る必要があります。
【プロの結論】「抗争終結」と「組織の解消」は別問題
2026年の山口組を読み解くうえで、最も重要なのは、組長の人事、組織の規模、行政による規制を、それぞれ別の指標として捉えることです。
第一に、組長については、司忍が六代目としてトップを務め、竹内照明が若頭を担っています。次期組長をめぐる報道があっても、正式な継承発表と区別しなければなりません。
第二に、抗争については、2025年4月の終結宣誓書の提出後、池田組や絆會との特定抗争指定が2026年9月に解除されました。しかし、神戸山口組との指定は2027年1月6日まで延長されています。対立関係が一部で沈静化したことと、すべての抗争が終結したことは同じではありません。
第三に、組織規模については、2025年末の約6,300人という数字が重要です。構成員約3,100人と準構成員等約3,200人を合わせた勢力であり、正式な構成員数とは異なります。長期的な減少傾向にある一方、全国の暴力団情勢の中では依然として大きな規模です。
情報を見極める際は、次の3点を確認すると誤解を避けやすくなります。
- 人事情報:正式に発表された役職と、後継者に関する観測報道を分けて読む。
- 抗争情報:宣誓書の提出、特定抗争指定の解除、対立関係の終結を同じ意味で扱わない。
- 人数の統計:構成員数と準構成員等を含む勢力を区別し、基準となる年末時点を確認する。
この3点を押さえれば、刺激的な見出しや断片的なSNS情報に左右されず、山口組の現状をより正確に理解できます。
【山口組組長】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山口組組長は2026年現在、誰ですか?
A1:六代目山口組の司忍です。本名は篠田建市で、2005年に六代目組長へ就任しました。2026年10月時点で、七代目への正式な交代は発表されていません。
Q2:竹内照明は山口組の組長ですか?
A2:いいえ。2026年現在、竹内照明は若頭です。2025年4月に高山清司の後任として就任しました。次期組長候補とする報道はありますが、七代目への継承が正式に決まったわけではありません。
Q3:山口組と神戸山口組の抗争は終結しましたか?
A3:2026年10月時点で、行政上の指定は継続しています。山口組と神戸山口組に対する特定抗争指定は2026年9月に延長され、2027年1月6日までとなりました。池田組や絆會との指定は解除されましたが、すべての対立が解消したことを意味するものではありません。
まとめ:山口組組長の現在と今後の動向を正しく理解する
2026年現在、山口組の組長は六代目の司忍で、若頭は竹内照明です。歴代組長の変遷をたどると、田岡一雄による組織拡大、竹中正久の時代の山一抗争、渡辺芳則から司忍への継承など、山口組の歴史が内部の権力関係や対立抗争と密接に結び付いてきたことが分かります。
2026年の最新動向では、2025年末の勢力が約6,300人と推計される一方、池田組や絆會との特定抗争指定が解除され、神戸山口組との指定は継続しています。組織の規模が縮小していること、幹部人事が変化していること、抗争をめぐる規制が一部で解除されたことは、それぞれ異なる事実です。
今後の焦点は、司忍体制が続くのか、竹内照明を中心とする後継人事に進展があるのか、そして神戸山口組との特定抗争指定がどう判断されるのかという点です。警察庁の統計、公安委員会の指定・解除に関する発表、報道各社が伝える幹部人事を照らし合わせることが、山口組の現在を理解するための基本となります。 (出典: 山口組 組長(Yahoo!ニュース))