2026年10月現在、六代目山口組組長として知られる司忍(つかさ・しのぶ)は、84歳を迎えています。本名は篠田建市(しのだ・けんいち)。2005年に六代目体制が発足して以来、長期にわたって組織のトップを務めてきた人物です。2022年にはSNSで引退説が広がり、後継者として高山清司の名前が取り沙汰されましたが、2025年には若頭の交代という大きな人事も報じられました。
2026年2月のFRIDAYデジタルは、司忍が84歳の誕生日を迎えた2026年1月25日に、愛知県瀬戸市で開かれた誕生日祝いに出席したと報道しています。一方、六代目山口組と神戸山口組の対立をめぐっては、2025年に抗争終結を宣言する動きがあったものの、組織間の関係や後継者問題には引き続き不透明な部分が残っています。年齢や経歴、弘道会との関係、引退説の経緯を整理しながら、現在の状況を読み解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の年齢:1942年1月25日生まれで、2026年10月現在は84歳。2026年1月の誕生日祝いへの出席が報じられています。
- 引退説の真相:2021年末から2022年初頭に拡散した引退情報について、文春オンラインは警察当局が事実確認の結果、虚偽情報と判断したと報じています。
- 後継者問題:2025年4月に高山清司が若頭から相談役へ移り、竹内照明が新若頭に就任。七代目組長の就任が確定したわけではありません。
【2026年最新】山口組司忍の現在は?84歳の動向と組長としての立場
司忍は、六代目山口組の組長として2005年に就任して以来、長期間にわたって組織の頂点に位置してきました。2026年10月時点でも、公開報道では六代目山口組組長として扱われています。
司忍の年齢は、1942年1月25日生まれという生年月日から計算できます。2026年1月25日に84歳となり、同年10月20日現在も84歳です。年齢だけを根拠に引退や健康状態を断定することはできませんが、後継者問題が注目される背景の一つになっています。
近年の動向を伝える報道として、FNNプライムオンラインは2025年12月13日、静岡県静岡市清水区にある清水一家の組事務所で、六代目山口組の恒例行事「事始め式」が開かれたと報じました。司忍や竹内照明、高山清司らの出席が確認されたとしています。
さらに、FRIDAYデジタルは2026年2月10日付の記事で、1月25日に愛知県瀬戸市の十代目瀬戸一家本部で開かれた誕生日祝いに司忍が出席したと伝えました。記事では、竹内照明若頭や高山清司相談役らの姿も報じられています。
これらは、司忍の近況を知るうえで重要な報道です。ただし、行事への出席が確認されたことと、組織の意思決定をどの程度本人が担っているかは別の問題です。公開された写真や出席情報だけから、健康状態や実際の指揮権の所在まで判断することはできません。
また、2026年10月現在、司忍の引退や七代目への交代が正式に決まったと裏付ける公表情報は確認できません。後継者の名前が報道や論評に登場することと、実際に襲名が決定することは区別する必要があります。
【篠田建市の生い立ちと経歴】司興業から六代目山口組組長へ
司忍の本名は篠田建市です。公開されている人物略歴では、1942年1月25日生まれで、大分県出身とされています。その後、名古屋を拠点に活動し、暴力団組織の内部で地位を築いていきました。
司忍の経歴を理解するうえで重要なのが、司興業、弘田組、弘道会という組織との関係です。1967年には司興業を創設し、初代の組長を務めたとされています。その後、弘田組の幹部として活動し、弘田組から発展した弘道会の初代会長を務める立場へと進みました。
こうした経歴は、司忍が単に山口組の組長へ抜擢された人物ではなく、名古屋を拠点とする組織で地位を築き、その組織的な基盤を背景に山口組本体のトップへ上り詰めたことを示しています。
主な経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 確認できる意味・背景 |
|---|---|---|
| 1942年1月25日 | 篠田建市として出生 | 2026年に84歳を迎えた |
| 1967年 | 司興業を創設 | 初代司忍として組織を率いたとされる |
| 弘田組・弘道会での活動期 | 組織内で地位を築く | 後の六代目体制につながる人脈と組織的基盤を形成 |
| 2005年 | 六代目山口組組長に就任 | 五代目渡辺芳則から六代目司忍への代替わり |
| 2015年8月末 | 山口組が分裂し、神戸山口組が結成される | 組織間の対立が全国的な治安問題へ発展 |
| 2021年末〜2022年初頭 | 司忍の引退説がSNSで拡散 | 警察当局が真偽を確認したと報じられた |
| 2025年4月 | 高山清司が相談役へ移り、竹内照明が若頭に就任 | 後継者問題を考えるうえで重要な人事変更 |
| 2026年1月25日 | 84歳の誕生日祝いへの出席が報じられる | FRIDAYデジタルが当日の動向を報道 |
2005年の六代目体制への移行は、司忍の経歴における最大の転換点です。山口組は長年、複数の直系組織を束ねる大規模な暴力団として知られてきましたが、トップの交代は組織内の権力関係や幹部人事にも影響します。
なお、司忍の経歴に関する情報には、報道で確認できる組織人事と、関係者の証言や公開略歴に基づく説明が混在しています。生年月日や組長就任といった節目と、詳細な生い立ちに関する伝聞は、同じ確度の情報として扱わないことが大切です。
【弘道会との関係】司忍の出身母体と「司忍」という渡世名の由来
司忍と弘道会の関係は、六代目山口組の組織構造を理解するうえで欠かせません。司忍は弘道会の初代会長を務めた人物として知られ、同会は六代目体制の成立を語る際に重要な組織として位置づけられています。
弘道会は、司忍だけでなく高山清司とも関係の深い組織です。高山は弘道会出身で、2005年の六代目体制発足時に山口組の若頭に就任しました。長年にわたって組織運営の中枢を担ったことから、司忍と高山の関係は、山口組の権力構造を考察する際に繰り返し取り上げられてきました。
ただし、弘道会出身者が組織の要職に就いてきたという事実と、組織のすべての判断が特定人物によって決められているという見方は別です。実際の権限配分を評価するには、肩書だけでなく、正式な人事や組織の動きを継続して見る必要があります。
司忍の名前については、渡世名の由来を「耐え忍んで司る」と説明する説が紹介されています。ただし、この説明には諸説があり、本人による公式な説明として確定した由来と同一視することはできません。
また、司興業は1967年に司忍が創設した組織として知られています。2025年には同組織の代替わりも報じられ、森健司が総裁、川﨑誠治が組長を務める体制へ移行したと伝えられました。司忍の名を冠した組織が、その後も後継者への継承を通じて存続している点は、個人の経歴と組織の歴史を分けて理解するうえで重要です。
弘道会との関係を整理する際には、司忍がかつて務めた役職、高山清司が担ってきた役割、そして2025年以降の竹内照明を中心とする人事体制を区別する必要があります。過去の肩書を現在の役職として紹介すると、組織の実態を誤って理解することにつながります。
【司忍の引退説の真相】2022年の怪文書と警察当局の判断
司忍の引退説が大きく注目されたのは、2021年末から2022年初頭にかけてです。SNS上では、司忍が80歳の誕生日を迎える2022年1月25日に引退を発表し、後継者として若頭の高山清司が七代目に就任するという内容の文書が拡散しました。
文春オンラインが2022年2月20日に掲載した記事によると、この文書には七代目体制の幹部人事に関する具体的な記載もあり、暴力団関係者の間だけでなく、広く一般にも情報が拡散しました。警察当局も真偽の確認を進めたと報じられています。
同記事は、警察当局が情報収集の結果、引退情報を虚偽と判断したと伝えています。少なくとも、文書で予告された2022年1月25日の引退・襲名が実現したことを示す事実は確認されていません。
なぜ、このような情報が広がったのでしょうか。背景には、司忍が80歳を迎える節目だったこと、若頭の高山清司が長く組織運営を担ってきたこと、そして2015年の分裂以降、山口組の将来をめぐる関心が高まっていたことがあります。実際の人事関係を反映しているように見える情報は、真偽が確認されていなくても説得力を持ちやすいのです。
この件から分かるのは、具体的な名前や日付が書かれた文書であっても、それだけで正式な人事発表とはいえないということです。警察当局が情報を確認したという報道と、組織自身が交代を発表したという事実も、明確に区別する必要があります。
2026年の現在も、後継者に関する観測は続いています。しかし、2022年の引退説がそのまま実現したわけではありません。過去の予測を現在の事実として引用することは、司忍の動向を判断するうえで大きな誤解につながります。
【山口組分裂の経緯】2015年から神戸山口組との対立、2025年の終結宣言まで
司忍の現在を語るうえで、2015年の山口組分裂は避けて通れない出来事です。警察庁の警察白書によると、2015年8月末、六代目山口組の直系組長13人が離脱し、神戸山口組を結成しました。その後、両組織の傘下組織をめぐる銃器発砲事件や傷害事件などが発生し、対立は深刻化しました。
警察庁は2016年3月、六代目山口組と神戸山口組が対立抗争の状態にあると判断しました。以降、警察は両組織への取り締まりを強化し、暴力団対策法に基づく規制や事務所の使用制限などを進めてきました。
この分裂は、単に組長の交代をめぐる問題ではありません。組織内の人事や運営方針をめぐる対立が、複数の団体に分かれたことによって、各地での抗争や市民生活への危険につながった点が重要です。警察庁の資料でも、分裂後の対立抗争は長期的な治安対策上の課題として扱われてきました。
転機として注目されたのが2025年4月です。週プレNEWSなどの報道によると、六代目山口組側の幹部が4月7日に兵庫県警を訪れ、抗争終結に関する誓約書を提出しました。これに伴い、六代目山口組側は対立抗争の終結を宣言したと報じられています。
ただし、これは六代目山口組側からの一方的な宣言として報じられたもので、双方が合意したことを意味するわけではありません。FNNプライムオンラインも2025年12月の報道で、六代目山口組が特定抗争指定暴力団に指定されている状況を伝えています。終結宣言と、警察による指定や規制の状況は分けて考える必要があります。
2026年の時点で分裂抗争の動向を判断する際には、宣言が出された日付だけでなく、その後の組織間の動き、警察の対応、公式な人事変更などを確認することが重要です。抗争終結という言葉だけから、対立が完全に解消されたと判断することはできません。
【後継者問題と歴代組長比較】高山清司から竹内照明へ、七代目は誰になるのか
六代目山口組の後継者問題は、2025年4月の若頭交代によって新たな局面を迎えました。それまで若頭として組織運営の中枢を担ってきた高山清司が相談役へ移り、竹内照明が新たな若頭に就任したのです。この人事は、次の組長が誰になるのかという議論を改めて呼び起こしました。
高山清司は長年、司忍を支えるナンバー2として報じられてきました。2022年の引退説でも、七代目組長の候補として高山の名前が挙げられていました。しかし、2025年に若頭を退いて相談役となったことで、少なくとも当時の報道で想定されていた人事シナリオと実際の組織変更には違いが生じています。
後任の竹内照明は、弘道会との関係が深い人物です。2025年4月の若頭就任後は、組織の人事刷新や対外的な活動に関する報道も増えました。2026年5月のアサ芸プラスの記事でも、竹内を中心とする新体制の動きや世代交代が取り上げられています。
一方で、若頭に就任したことは、七代目組長への就任が確定したことを意味しません。後継者として名前が挙がる人物がいても、実際の襲名には正式な人事や組織内の手続きが関わります。2026年10月現在、竹内照明が七代目組長に就任したと確定できる情報はありません。
歴代の山口組組長を振り返ると、初代の山口春吉、二代目の山口登、三代目の田岡一雄、四代目の竹中正久、五代目の渡辺芳則を経て、2005年に司忍が六代目を継承しました。それぞれの代替わりは、組織内の勢力関係や社会情勢の変化と無関係ではありません。
特に三代目田岡一雄の時代は山口組の拡大を語る際に取り上げられ、四代目竹中正久の時代には組長の交代をめぐる深刻な抗争が発生しました。五代目渡辺芳則から六代目司忍への代替わりを経て、現在は分裂後の組織運営と後継者への継承が焦点となっています。
また、警察庁の資料を引用する法務省の令和7年版犯罪白書によると、2024年末時点で、六代目山口組、神戸山口組、絆會、池田組、住吉会、稲川会の6団体に所属する暴力団構成員は約7,300人で、前年末から約400人減少しました。主要団体の構成員が減少傾向にあるという社会的背景も、後継者問題を考える際に見落とせません。
今後の焦点は、司忍がいつまで組長を務めるかという年齢の問題だけではありません。高山清司が相談役となり、竹内照明が若頭に就任した新体制が、どのような組織運営を行い、正式な代替わりがある場合にどのような人事が発表されるかが注目されます。
【山口組司忍】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:司忍は2026年現在、何歳ですか? A1:1942年1月25日生まれのため、2026年10月20日現在は84歳です。2026年1月25日に84歳の誕生日を迎えたと報じられています。
Q2:司忍は引退したのですか? A2:2022年に引退説が拡散しましたが、文春オンラインは警察当局が虚偽情報と判断したと報じています。2026年10月現在、引退や組長交代が確定したと裏付ける公表情報は確認できません。
Q3:司忍の後継者は高山清司ですか、それとも竹内照明ですか? A3:2025年4月に高山清司が若頭から相談役へ移り、竹内照明が若頭に就任しました。竹内の七代目組長就任を予測する報道や論評はありますが、襲名が確定したと確認できる情報はありません。
まとめ:今後の動向と失敗しないための判断基準
山口組司忍は、本名を篠田建市といい、1942年1月25日生まれの84歳です。1967年の司興業創設を経て弘道会で地位を築き、2005年に六代目山口組組長へ就任しました。2026年の報道でも組長として扱われており、引退が確定したという情報は確認できません。
2022年の引退説は、SNSで拡散した怪文書をきっかけに広がりましたが、文春オンラインは警察当局が虚偽情報と判断したと報じています。また、2025年には高山清司から竹内照明への若頭交代があり、後継者問題の焦点も変化しました。
2015年の山口組分裂と神戸山口組との対立、2025年の抗争終結宣言を振り返ると、司忍をめぐる問題は個人の年齢や引退だけでは説明できません。組織の歴史、人事の変化、警察の規制、そして暴力団を取り巻く社会環境が複雑に関係しています。
今後の動向を見極める際は、年齢や肩書といった確認可能な情報、報道機関が伝えた出来事、関係者による将来予測を区別することが大切です。とりわけ、七代目組長の名前が挙がっただけで就任が決まったと判断したり、一方的な抗争終結宣言を完全な和解と受け取ったりしないことが、山口組司忍の現在を正確に理解するための判断基準になります。 (出典: 山口組 司忍(Yahoo!ニュース))